社会の窓から

社会の窓を開け放ち、世界の人々と交わろう。

青山潤三日記 2020.7.20

 あるコラムに、コメントを入れておきました。
 
>若い人たちの自死が続いています。このような悲しい事件があったとき、いつも思うのですが、ネットコラムには「原因を探ろうなどとはせずにそっとしておいてあげてください」というコメントが並びます。それはそうなのですが(むろん真意は違うことは分かっていますが)「勝手に死んでくれ、俺たちは知らんというのと、結果として同じことになります。何とかしなくてはならないと思います。
 
鬱病の特効薬を作って科学の力で封じ込める、という問題ではないと思います。それはコロナ問題のワクチン開発だって同じだし、天災に対するダム建設とか予報とかも同じだし、ヘイト問題に対する抗議も同じ。それで解決することじゃない。京アニ事件もそう。容疑者を弾圧して済む問題じゃない。
 
みんなで、なんでそのようなことが起こるのか、そうならないためには、みんながどのように対していかねばならないのかを、根本的な部分から考えていく必要がある、と思っています。
 
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昨日、続きを書こうと思って中断している、ブラジルのサッカー選手の発言についてですが、とりあえず少し時間をおいてから書くことにします。
 
「厚切りジェイソンさん」というアメリカ出身の芸能人の方が書かれている、(異文化における)“共感”の難しさ、ということに集約されるのかも知れませんね。
 
“異文化”だけでなく、ある意味(異なる価値観を持つ)人と人の間でも、同じことが言えると思います。
 
とりあえず、ボーアもサンズもマルテも頑張ってくれてるので、、、。
 
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野球に限らずですが、ネットの「正論」コメントの洪水は、何とかならんのでしょうか? 「監督やめろ」ボロクソ言いたい放題です。与田矢野今はラミですね(矢野っちに対しては僕も言ってるのだけれど、笑、合唱はしません、敢えて皆が言ってないときに言う)。まあ、プロ野球の監督ともなれば、もともと神経図太い人じゃないと務まらないでしょうから、少々(いや、滅茶苦茶、笑)人格否定されたぐらいでは柳に風でしょうけれど、これが芸能人だとか一般人なら、モロ堪えます。
 
それはともかく、攻撃(人格否定)している(もしかしたら僕も含む)人たちは、「正しいことを言っているのでそれで良い」と思っているのでしょう。集中砲火的に人格否定の嵐に晒される側は、堪ったものじゃないです。