社会の窓から

社会の窓を開け放ち、世界の人々と交わろう。

青山潤三日記 2020.7.11

モニカは、、、、まじめで努力家ではあるのだけれど、、、、なんていうか、どうにも抜けてる、というか(でもバカではないし、頭は十分に良い)、思考・行動に予測不能なところがあります(笑)。
 
(2013年に最初に訪れたあと)「もいっぺん梅里雪山に行きたい!」と、繰り返し言い続けていたものだから(でも小七が小さいうちは行けない)、今回日本国から貰ったお金の半分を旅費に当てて(残り半分をHDD修復費用の一部に回し僕は一銭も手に出来なかった)遠征に向かわせたのです。
 
僕自身、雲南の調査・撮影行は、もう4年間行なっていない。今年こそ、と思っていたのですが、ウイルス騒動で中国自体に行けなくなってしまいました。
 
そこで、モニカに代わりに行ってもらうことにしたわけです。まあどうせ大した成果は望めない、ということは織り込み済みでしたが、現地(梅里雪山)へ行きさえすれば、最悪でも何種かの蝶は写してこれるでしょう。どんな蝶であっても、重要な資料になり得ます。それと、本人の勉強のため。
 
結果は、予想だにしなかった(最悪以下の)「惨敗」です。次のような計算違い。
 
① 「コロナ騒動」の煽りで、各所(空港、バスターミナル、宿泊施設等々)でのチェックがあまりにも厳しくて、梅里雪山に辿り着けなかった(詳細は別の機会に記述する予定)。仕方なく途中の香格里拉で待機させ、とりあえずその周辺の蝶を撮影してもらうことにした。
 
② 3500m近い高所に飛行機で直接向かって、そのままそこに滞在したため「高山病」にかかってしまった。
 
③ それでも頑張って付近の探索を数日間続けたのだけれど、なんと、蝶々が一匹もいなかった!(それについても詳細は後述)。
 
④ あちこち探しまわっているうちに、強烈な直射日光をモロに受けて、日射病というか、ひどい火傷状の日焼けを負ってしまった。
 
⑤ というわけで、一週間、成果ゼロで広州に引き返した(唯一の成果?は、広州の空港で撮ったハンミョウの写真)。でもまあ、本人はちゃっかり観光してきたみたいで、蝶の写真ではなく観光地の写真をどっさり送ってきました(笑)。
 
まあ、無事帰れて良かったです、と思うしかありません。
 
で、しばらくは療養して、捲土重来、せめて実家の周りで蝶の撮影を、と言い渡して置いたら、一昨日セミの写真を送ってきた。
 
緑色のちっちゃな蝉です。
 
見かけ上、沖縄本島(と久米島)固有種のクロイワゼミ(特別天然記念物・絶滅危惧種)にそっくりです。僕はこれまでも、中国にはクロイワゼミに似た蝉がいるはず、と、漠然と思っていたのですが、まだ出会ったことはありませんでした。
 
大都会広州の近郊にいる(たぶん香港にもいると思う)のですから、僕が知らなかっただけで、ごくポピュラーな存在なのだと思います。
 
そこで、インターネットで「中国の緑のセミ」を検索したのだけれど、どこをどう探しても出てこない。中国人は余り蝉に興味ないみたいだし、日本人も中国のセミなんかに興味は持っていないのでしょう。
 
改めてクロイワゼミを検索してみると、「似た蝉は世界のどこにもいない」とか記されているだけで、それ以上のことは全く分かりません。
 
近縁種なのかどうかはともかく、そっくりなセミは(中国南部には、モニカが街角で簡単に見つけるくらいだから、たぶん普通に)いるじゃないですか。
 
ところで、日本ではセミの鳴き声は「風雅」とまではいかないでしょうが、夏の象徴として、半分ぐらいは存在を好意的に捉えられていると思います。そこに行くと、中国をはじめとした世界の大方の国々では、ただ煩いだけの存在として捉えられ、邪魔者扱いされているのだと思われます。
 
中国でダントツに煩い、しかも至る所で鳴いているのが、タイワンヒグラシです(モニカもこの蝉ばっかし写真を撮ってくる)。それはもう、ギリシャの「ゲゲゲゼミ」どころではありません。
 
何しろ、中国名からして「躁蝉」です。セミが大好きな僕でさえ、こいつが鳴きだすとイライラします。
 
ずっと前(中国に行き始めた頃)、日本のセミの専門誌に、中国で観察したセミの報告を行ったことがあります。その中に、「煩いタイワンヒグラシが腐るほどいてうんざりする」という話を書きました。すると、こんな反応がありました。
 
>え~?タイワンヒグラシ、日本では大珍品ですよ!うんざりするほどいるって本当ですか?羨ましいなぁ。
 
実態が、全く知られていないのですね。香港や深圳・広州にしろ、上海にしり、北京にしろ、自然環境(生物相)の実態が、何一つ伝わってきません。ことに日本との比較は見事なまでに為されていない。
 
なかでも、南西諸島と中国大陸の生物相は、切っても切れないほど深い関係があると思うのですが、積極的なアプローチが為されている形跡はありません。
 
一昨年僕は「現代ビジネス」に南西諸島の自然の本質(と中国大陸の関係など)について連載を始めたのだけれど、すぐに打ち切られてしまいました。
 
沖縄県のどこかの島で、絶滅寸前の危機に瀕しつつ生き永らえている“大珍品”を、特別天然記念物とかに指定したりして手厚く保護するのは良いとしても、そのアイデンティティを探ろうとは誰もしない。大陸における(同一種の別集団、あるいは姉妹種の)実態など「知る必要はない」と思っているのかも知れません。
 
イリオモテヤマネコは、発見当初、日本の(高名な)研究者が“世界のどこにも近縁種が存在しない生きた化石”と認定し、その見解に乗っかったメディアや大衆によって、「常識」となりました。
 
実は、大陸に広く分布するベンガルヤマネコにごく近縁な種であることを、欧米の研究者たちが当初から冷静に示唆していたのですが、それらは少数意見として封じられてきました。ずっと後になって、(DNAの解析などにより)それが正しかったことが証明されたのです(現在ではベンガルヤマネコと同一種の一亜種として認知されている)。
 
同じころ発見されたチョウに、石垣・西表両島に固有の、ウラナミジャノメ属の2種とアサヒナキマダラセセリがいます。僕は、発見間もない頃から、いずれの種も一般に信じられているような特別な存在(北国の寒冷地に棲む種の仲間であるとか、沖縄で複数の種に分化したとか)ではなく、台湾や中国大陸に棲む集団と同一種(またはごく近縁な姉妹種)であると述べ続けていたのですが、誰も相手にしてくれませんでした。イリオモテヤマネコの場合同様、ずっと後になってそのことが検証され、更にDNAの解析で動かぬ事実となったのです。僕の意見をバカにしていた連中も、今では、しれっとそれが当たり前と思っているわけです。
 
野茂の大リーグ行きの前後のメディアや大衆の反応でも知れるごとく、見事なまでに「空気」に従う、日本人の面目躍如たるところです。
 
ちなみに、八重山諸島(石垣・西表島)産のタイワンヒグラシは、現在の見解では、大陸産とは種が異なる、とされています。
 
ヤマネコの場合でも、チョウたちの場合でもそうだけれど、島嶼に在来分布している種は、いくらかの特化(あるいは祖先形質の残存)が為されているのは当然です。
 
「大陸産とは全く別のものと考えられていたのが、のちに同一であることが分かった」例がイリオモテヤマネコやアサヒナキマダラセセリなど。「大陸産と同一種とされていたものが、のちに別種であると判断された」例が、タイワンヒグラシなど。
 
“事務的”に同一種とするか否かの問題で、それぞれの処置に大した違いはありません。「少し違った同じ仲間」であることには変わりないのです。
 
そして興味深いことに、大陸には、おそらく「同じ仲間の複数の集団」が存在するらしい、ということ(すなわち、その中には、沖縄などの島々に棲む集団と同じ、あるいはより血縁の近い集団も見出される可能性がある)。
 
個々の具体例は、ここでは割愛しますが、八重山諸島産の「固有」生物だけでなく、より遺存的な集団から成るであろう沖縄本島や奄美大島産の生物、あるいは屋久島の生物などの中にも、大陸、それも四川・雲南・チベットなどの奥地ではなく、意外に近い華南や華東地方に、姉妹集団が見つかる可能性があります。
 
正真正銘の(世界のどこにも近縁種が存在しない)遺存種であるアマミノクロウサギにしても、化石は上海や武漢に近い低山地から見つかっています。
 
僕はヒグラシ(タイワンヒグラシとは別のグループ)の鳴き声をずっと調べていて、今年は各地の集団の鳴き声を録音してユーチュブで発信する予定でいたのだけれど、ウイルス騒動で断念せざるを得ませんでした。
 
これまでは、主に台湾や四川省の山地帯の集団をチェックしてきたのですが、意外にも上海近郊の山地帯にも数多く棲息していることがわかりました。それも、同じ場所に、(外観の区別がつかず)鳴き声パターンが全く異なる3集団が混在しているのです。
 
もう一つの僕の調査対象であるアジサイについても似た問題があります。
 
園芸植物の原種の仲間(ヤマアジサイ種群+ガクウツギ種群)の野生種は、日本列島と南西諸島、および中国大陸の南部にかけて分布しています。そのうち、カラコンテリギ(トカラアジサイ)の一群は、中国大陸東南部~南部のやや内陸寄りの山地と、台湾、および南西諸島のほぼ全域に分布しています(長江以北と西南部山岳地帯には分布しない)。
 
非常に不思議なことは、南西諸島の大半の島々に分布している(ヤクシマコンテリギ/トカラアジサイ/ヤエヤマコンテリギ)のに、なぜか沖縄本島には分布していない。本島北部のすぐ向いの伊平屋島に分布しているのにも関わらず、そこよりも遥かに豊かな植生環境を誇る沖縄本島“やんばる”に分布が欠落しているのは、不思議としか言いようがありません。
 
それに代わって、限りなく地味な(「装飾花」いわゆる“花びら”がない)リュウキュウコンテリギという独立種が、やんばるの奥深くに生育しています。
 
これが全く謎の種で、隣の伊平屋島に生えるトカラアジサイとは似ても似つかず、(一応同じヤマアジサイのグループではあるのですが)DNAの解析データなどからも、むしろ狭義のヤマアジサイに近い類縁が示されていたりします。
 
実は、対応する存在が、大陸側にも分布しているのです。トカラアジサイなどの対応種であるカラコンテリギが、やや内陸寄りに分布するのと異なり、福建省から広東省を経てベトナム国境付近に至る、より海岸沿いの低山地に分布しています(標高1000m前後の山々の頂上付近の林内)。
 
こちら(「広東繍球」など数種が記載されている)の実態も全くと言っていいほどわかっていないのです。僕はこれまで野生アジサイの探索のため、いろんなところで調査を行ってきたのですが、最後に残った重要対象が、この「カントンアジサイ」の一群です。
 
しかも、分布エリアは、僕のおひざ元といってよい(モニカの故郷の)広東省北部山地。でも、これが意外に難敵で、この数年チャレンジしたのだけれど見つからない。
 
今年こそ、と思っていた矢先、野生アジサイに関する全ての資料・写真を収納したHDDがクラッシュしてしまった。その修復費用に45万円がかかります。生活保護を受け、その支給金(月6万円)全額を支払いに回し、取り戻すまで半年待たねばなりません。
 
なおかつ、ウイルス騒動で中国には行けなくなった。全ては来年回しになります。
 
いずれにしても、アジサイにしろ、ヒグラシにしろ、重要ポイントは、意外な近場です。中国の奥地よりも、上海や香港近郊に、日本の生物と関連の深い種が分布していて、その実態が意外に分かっていないのです。
 
雲南の奥地も勿論興味深いのだけれど、案外モニカの実家周辺の生物相も興味深いと思います。
 
モニカによると、裏山には野生のヤマネコ(ベンガルヤマネコ)もいるそうで、撮影したいから紫外線センサーカメラ買ってくれと。次に資金が入ったときには用意しなくては、と思っています。
 
チョウにしても、モニカの実家(紹関市翁源県貴聯村)は実にありきたりの普通の農村ですが、きちんと調査を行えば、意外に興味深いデータを得ることが出来そうです。
 
日本での最普通種のひとつヒメウラナミジャノメと、絶滅危惧種のウラナミジャノメ。この仲間も、謎だらけです。
 
数年前、貴聯で(同じ日に同じ場所で)5種のウラナミジャノメ属の種を撮影したことがあります。日本産の2種(ウラナミジャノメの方は複数の分類群からなる可能性がある)とは、どのような繋がりを持つのか?
 
モニカの助けも借り、今後じっくりと観察してみようか、と考えています。
 
 
*ウラナミジャノメの話題は、以前の「あや子版」の、日浦勇さんに関する記事の中で書いたことがあります。詳しくはそちらをご覧ください。
 
*沖縄本島の近くの久米島に、誰も知らない「謎のウラナミジャノメ属の新種」が分布します。実態を確かめに行きたいです。