社会の窓から

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ギリシャと日本で対応する興味深い数種の蝶について 第7(?)回

【モンシロチョウの仲間】 オオモンシロチョウ Pieris brassicae ギリシャ・アテネ近郊 2019.8.16

これまで10数回(たぶん6項目)に亘り、チエチエブログ(途中から別の場所)に「ギリシャと日本で対応する興味深い数種の蝶について」を執筆してきました。しかし、チエちゃんの仕事の事情もあって、ツマキチョウの項で中断したままです。

春の蝶を中心に書き進めて行く予定だったものですから、来春回しにしようと考えていましたが、「社会の窓から」を始めた機会に、前倒しで続きを載せて行くことにしました。

僕は、中国の蝶に関しては、無数とも言ってよい写真を持っているのですけれど、ギリシャの蝶の写真は一枚も持っていません(今回の初ヨーロッパ/ギリシャ訪問も、ほとんど外出せずに室内で過ごしているものですから、蝶の写真は僅かしか写していません、上のオオモンシロチョウの写真はその「僅かな写真」の一つで、部屋の隣に植えてあるランタナの花にやってきたもの)。

というわけで、とりあえずは、インターネット上にアップされているあちこちのコラムなどから寄せ集めた、ギリシャを含むヨーロッパに分布する種の写真を小さく纏めて紹介し、それらの種に対応する東アジア(中国・日本など)の(自分で撮影した)種の写真を大きめに紹介する、という方法を採りました。

近い将来(たぶん来年春以降?)、ギリシャの蝶も自分自身で撮影し、このコラムに追加(入れ替え)紹介していきたいと考えています。以前にチエチエブログなどで紹介した旧記事も、追々「社会の窓から」で再掲載していく予定です(ことに手違いで写真がピンボケになっている「ツマキチョウの仲間」については、すぐこの後にでも再掲載を予定しています)。

【ヨーロッパのモンシロチョウ類(全てギリシャにも分布)】

⑭ Pieris rapae 英名:Small White(Small Cabbage White)/日本名:モンシロチョウ

ヨーロッパでの呼称は、オオモンシロチョウが“キャベツ白蝶”で、モンシロチョウのほうは“スモール・キャベツ白蝶”なんですね。

Rapaeを、英語の自動翻訳機にかけると「強姦」と出てきます。ラテン語に基づく蝶の種小名の呼び名は「ラパエ」ですが、英語は綴りが同じでも意味と発音は違って「レイプ」。モンシロチョウは「強姦白蝶」というわけです。

それは冗談として、蝶のほうのRapae の語源は、ダイコン属の属名Raphanusであり、ダイコン属に近縁のアブラナ属Brassicaを代表する種「アブラナBrassica rapa」(菜の花)の種小名rapaでもあります。ともにモンシロチョウの主要食草ですから納得です。オオモンシロチョウのほうの学名はPieris brassicaeなので、種小名ではなく、属名が使われていて、モンシロチョウより「一段ステータスが上?」と解釈することも出来ます。

ちなみに、現在の日本や中国で、一般に「菜の花」と呼ばれているのは、アブラナに近縁な別の種、セイヨウアブラナです。こちらの学名はBrassica napus(以前はnapaと表記されていた)。

Napus→Napi。 すなわちエゾスジグロチョウの学名がPieris napiですね。

日本においては、在来の(正確には“在来種”ではない可能性が強いので“より古くから存在した種”というべきか)アブラナではなく、新たに導入されたセイヨウアブラナの名が、モンシロチョウよりも古くから(日本にも)住み着いていた可能性が強いエゾスジグロチョウの種名に冠されているのは不自然に感じますが、ヨーロッパでは逆になります。セイヨウアブラナもエゾスジグロチョウ同様に、本来はネイティブな存在なのです。

興味深いのは、アブラナ属を中心とした“蔬菜”の日本での一般名称が、“菜っ葉(nappa)”であること。おそらく偶然の符合なのだと思いますが、、、。もし何らかの関連があるとすれば、“napus”が先なのか、“菜っ葉”が先なのか、、、。

さて、ダイコンとナノハナ(アブラナ+セイヨウアブラナ、ちなみに「カブ」や「コマツナ」や「ハクサイ」など、いわゆる“蔬菜”の大部分は、種としては「アブラナ」に所属します、、、付け加えれば、「レタス」はアブラナ科とは縁もゆかりも無い、キク科の「タンポポ」のグループに含まれます)は、属こそ異なりますが、ごく近縁な間柄にあります。「白い」花の咲く「菜の花」が「ダイコン」である、といっても良いでしょう。

黄色い花の「菜の花(アブラナ+セイヨウアブラナ)」と、白い花の「ダイコン」を、足して二で割ったような「卵色(薄黄色)」の花が咲くのが「キャベツ」です。こちらはアブラナ属に所属し、学名はBrassica oleraceaです。すなわち、北米産のエゾスジグロチョウ(北米産を独立種とする場合)の種小名に当てられています(もちろん後付けでしょうが)。Pieris oleraceaについての詳細は、エゾスジグロチョウの項で説明します。

ここで一度、モンシロチョウ自体についての話に戻りましょう。

モンシロチョウは日本中に普遍的に分布し、かつ熱帯地方などを除く世界の各地にもごく普遍的に分布しています。(世界的な視点でも日本国内視点でも)おそらく全ての蝶のなかで、最もポピュラーで身近な存在が、このモンシロチョウでしょう。

にも拘わらず、そのアイデンティティについては、意外にきちんと調べられていません。

研究者やマニア(コレクター)は、血眼になって、珍しい、あるいは人気のある蝶を調べます。 なのに(だからこそ、と言えるのでしょうが)それとは対照的に、モンシロチョウについては、ほとんど調べられていない。

いや、モンシロチョウ自体は、隅から隅まで調べ尽くされているのですよ。科学の教材とかにも山ほど使われているし、(生理、生態などを含む)「細かい部分」については、あらゆることが分かっている、と言ってもよいほどです。

分かっていないことは、「総体的な部分」です。一歩視点を引いた次元から俯瞰した、モンシロチョウのアイデンティティ。モンシロチョウの仲間の中での、モンシロチョウの位置づけ、とでも言えばよいでしょうか?

人類の活動が地球上の環境形成に関わる以前の、本当の意味での野生のモンシロチョウについては、全くと言って良いほど解明が為されていません。一体、どこがモンシロチョウの故郷なのか?等々。

DNAの解析による「モンシロチョウの位置づけ」は、どこまで分かっているのでしょうか? 珍しい生物については、DNAの解析(それによる系統考察)がどんどん進んでいるのに、最も身近な生物が最も後回しになっているのです。

モンシロチョウの祖先の生育地は、(他の多くの生物同様に)「世界の屋根」地域の周辺部のどこかの可能性が強いでしょう。東アジアの「アゲハチョウ」の項でも触れたのですが、モンシロチョウの場合も、(姉妹種が僅かしかいないことなどから考えて)古い時代からの生き残りで、かつ(現在は広域に繁栄し形質がほぼ均質であることから)比較的新しい時代になって一気に広がった、「繁栄する遺存種」の一つ、と言えるかも知れません。

東側(中国西南部奥地など、詳細は後述する「東アジアのピエリス」参照)発祥の可能性もあるでしょうし、東側と西側で異所的に個別発祥し、現在の収斂に至った可能性もあるでしょうが、一か所に絞るとすれば西側(他生物の様々な例を併せ、直観的に)のどこかの可能性が強いと思います。

モンシロチョウはキャベツとの結びつきの強い生物です。幼虫は、他の近縁な種同様に様々なアブラナ科の植物を食しますが、特にキャベツを好みます。キャベツをメインの食草とするモンシロチョウ(と後述のオオモンシロチョウ)が、広く繁栄していることと合致します。

そのことから考えれば、キャベツの祖先発祥の地が、モンシロチョウの祖先発祥の地である可能性もあります。少なくとも密接に関係しているでしょうから、キャベツの祖先探索は、モンシロチョウの祖先探索に繋がるはずです。

モンシロチョウがキャベツを好むのは、野菜のキャベツのスベスベの形状を好むからであって、菜の花やダイコン同様に薹の立つ形状だったであろう野生種の場合は(好まれる要因としては)無関係なのかも知れません。

けれど、逆に考えれば、次のような説も成り立つかも知れません。同じような形状の各種野生種に対し、モンシロチョウ属の各種にそれぞれ好みがあった、モンシロチョウの祖先は、たまたまキャベツの原種が好みだった、そのキャベツの原種が改良されて、現在のようなツルツルの丸い表面の野菜「キャベツ」になった。と考えれば、モンシロチョウがキャベツを好きな基本的な理由は、「丸いつるつるの表面」を好むからではなく、「キャベツ」という種自体を好むから、と考えることも出来なくありません。

僕はキャベツもモンシロチョウも、その原種の分布は西アジアか中央アジアの何処か、と漠然と考えていたのですが、幾つかの文献によると、(少なくてもキャベツの原種の産地は)さらに西方の、ギリシャのエーゲ海周辺地域であるようなのです。

ギリシャには、エゾスジグロチョウやオオモンシロチョウよりも、もっとモンシロチョウによく似た、次に紹介する2種の蝶が混棲しています。これらの種が世界的規模で繁栄することなく、ユーラシア大陸の西南方の一角にだけ分布を留めていることの要因の一つは、「メインの食草」がキャベツ(の原種)ではなかった、ということによるのではないか、と思います。

モンシロチョウとキャベツとの結びつきから考えて、キャベツの原種が自生するとされるエーゲ海諸島も、モンシロチョウの故郷の候補地として怪しい、と睨んでいます。

⑮ Pieris mannii 英名:Southern Small White /日本名:ミナミモンシロチョウ

「地球の屋根」東側(中國西南部など)には、今のところモンシロの姉妹種は見つかっていないようですが、西側からはモンシロチョウに酷似した複数の種が知られています。ただし、酷似しているからと言っても「姉妹種」であるというわけではなく、その幾つかは血縁的にはエゾスジグロチョウにより近いと考えられています。

今後、例えば中央アジア(中國ウイグルやチベットなども含む)の何処かなどで、モンシロチョウとは別種のモンシロチョウの姉妹種的存在が見出される可能性があるとしても、今のところ確認されているモンシロチョウの唯一の姉妹種は、ミナミモンシロチョウだけです。

ミナミモンシロチョウは、ヨーロッパのほぼ南半分(ただしイベリア半島の大部分を除く)から、トルコ、シリアにかけて、ユーラシア西半部の西南半に分布しますが、モンシロチョウのように世界中には広がりませんでした。それは何故なのでしょうか?「キャベツ」に纏わる食草の問題が関わっているのかもしれないし、それとは別の要因があるのかも知れません。

この2種の様々な面からの比較(ミナミモンシロチョウとモンシロチョウの共通点と相違点)に徹底して取り組めば、モンシロチョウの「本質」が浮き出しになってくるように思えます。

ただし、両種は酷似しているので、見分けるのは容易ではないかも知れません。ミナミモンシロチョウの方が一回りサイズが小さく、表翅先端の黒斑が、ミナミモンシロチョウでは外縁沿いにより下方(通常、モンシロチョウでは外縁の2/5以下、ミナミモンシロチョウでは2/5以上)まで現れること(この点ではむしろオオモンシロチョウと共通します)が、外観的な相違点です。

⑯ Pieris ergane 英名:Mountain Small White /日本名:イワバモンシロチョウ

昔、「ピエリス研究会」という集まりがありました。魅力的な意見が飛び交いました。何気なく発せられた言葉の中には、末席に座っていた僕にとって、忘れられない、貴重な言葉が埋まっていました。以下、うろ覚えの断片(要旨)です。

川副昭人氏の発言。「“種のように振る舞う”ことで(本来のプロセスを経ずにして)実質的に“種”として成り立つ場合もあるのではないだろうか?」

某有名カメラマンの言(これも直接本人から聞いた)を思い出しました。「カメラマンとして大成する方法(近道)は、常に自分が“大カメラマン”であると吹聴しておくこと」

あと、川副氏の言葉で非常に興味深かったのは、 「日本のスジグロチョウとエゾスジグロチョウでは、(様々な基本的形質を比較するに)むしろスジグロチョウのほうがヨーロッパのエゾスジグロチョウとの共通点が多いように思える」

もう一つは日浦勇氏の発言。 「エリオットの眼力は凄いね、Pieris erganeをモンシロチョウではなくエゾスジグロチョウの近くに位置づけている。」「何の根拠で、と思っていたのだけれど、添えられたゲニタリア(♂の大事なところ)の図を見たら、モンシロチョウとエゾスジグロチョウの間の最も明瞭な相違点、背方の部分の僅かな盛り上がりが有るか無いか、erganeはエゾスジグロチョウ同様“有る”。」「だから、エゾスジグロチョウのグループに入れているわけだ、見かけは“いわば(謂わば)モンシロチョウ”、でも実体はエゾスジグロチョウ、山地の岩場のような環境に棲息しているようなので、”イワバモンシロチョウ”と呼んで置くことにしよう。」

分布域は、概ねミナミモンシロチョウと重なりますが、東はイランの山地帯に及び、逆に西はプロヴァンス地方以外でのフランスや、北アフリカのアトラス山地などでの分布を欠きます。

前2種に酷似しますが、中央の丸い黒斑に対応する位置関係にある前翅表先端の黒色部の基方寄りが顕著な濃色となることで、かろうじて区別がつきます(裏面もその部分がやや濃色になる)。

外観がモンシロチョウに似た、エゾスジグロチョウにより近い種としては、ほかにコーカサス山脈などに分布するPieris pseudorapaeが知られていますが、イワバモンシロチョウと種(または種内分類群)は異なるようです。

⑰ Pieris napi complex英名:Green-veined White(Mustard White)/日本名:エゾスジグロチョウ

このチョウほど分類が厄介な種も、そうそうはないでしょう。よって、大好きな蝶ではあるのだけれど、詳しい解説はスルーします。

まあ、分類が厄介といえば、この蝶に限らず、ヨーロッパから日本(ときには北米)にかけての「北半球広域分布種」の多くは、実際には、いわゆるcomplexを為していて、モンシロチョウのように新しく分布を広げたらしい種を除くと、どの種も実態は非常に複雑なのだと思います。

ヨーロッパのエゾスジグロチョウの種内分類群においてよく知られているのは、♀の翅表が著しく暗色になる高標高地帯産の集団 bryoniaeで、研究者によっては独立の種と見做す見解もあるようです。その他にも、北アフリカ(アトラス山脈)の集団atlantisなど、日本のエゾスジグロチョウから見れば、どう考えても同じ種に属するとは思えないほどの特異さです。

北米にも分布し、アラスカからロッキー山脈を経てメキシコ北部至る集団は、エゾスジグロチョウの亜種とされたり、独立種Pieris oleraceaとされたりします。

東南部のアパラチア山脈周辺に分布する集団は、早春の一世代しか出現せず、Pieris oleranceとはまた別の独立種Pieris virginiensis とされます。翅表には黒斑を全く欠き、真っ白な透き通るような翅が特徴的です(Pieris oleranceの夏型に似ています)。

ちなみに、前記したようにOleaceaの語源はキャベツの学名Brassica oleaceaですが、北米産のPieris oleaceaとキャベツは全く関係無いと思います(幼虫に与えれば食べるでしょうが)。

英語名は、ヨーロッパのGreen-veined Whiteとは違って、Mustard Whiteと呼ばれています。マスタードとはカラシナのことで、菜の花に近縁な野生種のひとつです。モンシロチョウとオオモンシロチョウ以外のモンシロチョウ属の各種は、(少なくとも日本においては)キャベツなどの蔬菜よりも野生のアブラナ科植物を食草として好みますが、カラシナだけを食しているわけではなく、様々な野生種が含まれます。

なお、「グリーン・ヴェネッド」の名は、翅裏面の暗色条によるもので、日本の「スジグロ」の名と軌を一にします。日本産の場合同様に、裏面の翅脈上が顕著な暗色を帯びるのは春型(または年に一世代の場合)に限られますが、ヨーロッパ産の夏型の中には、モンシロチョウと見紛うほど(いわば「イワバモンシロチョウ」同様に)翅表の地色が白一面になる(翅脈が黒色にならない)個体も多く見られます。

日本や中国のスジグロチョウやエゾスジグロチョウについては、このあと改めて述べます。

⑱ Pieris kreperi 英名:Kreper’s Small White /日本名:クレペリモンシロチョウ

モンシロチョウ属の在来野生種で最も南寄りに分布するのが、アジアの暖地に広く分布するタイワンモンシロチョウPieris canidiaです。西側でそれに対応する種が、バルカン半島から中東にかけて分布するクレペリモンシロチョウと考えられてきました。

確かに大きく目立つ黒斑など、両種の印象は似通ったものがあります。しかし、DNAの解析に因れば、両者の間には直接の類縁関係はないことが示されています。ユーラシア大陸の東と西の、より暖かい地域することで、似通った外観が形づくられたのだろうと思います。

外観的な印象は、モンシロチョウ属に近縁の別属とされるチョウセンシロチョウ属Pontiaの種とも繋がると思います。

⑲ Pieris brassicae 英名:Large White(Cabbage White) /日本名:オオモンシロチョウ

ヨーロッパにおける「キャベツ・シロチョウ」は、モンシロチョウPieris rapaeではなく、こちらが本家です。“キャベツ”抜きで両者を呼ぶ場合は、モンシロチョウが“小”で、オオモンシロチョウが“大”です。

ヨーロッパにおける分布域や勢力は両者とも似たようなものだと思いますが、キャベツの害虫としての存在感は、オオモンシロチョウのほうが、遥かに強力です。幼虫は単独行動のモンシロチョウと異なり集団で行動し、キャベツに穴をあけて中に潜り込むと言われます。

モンシロチョウ同様に人間生活(キャベツの栽培)と結びついて二次的に世界に広がっているのですが、日本には(比較的最近になって侵入した北海道を除き)なぜか侵入していません。

「♂の大事なところ」(以下、メール・ゲニタリア、略して“ゲニ”と言います)は、ほかのモンシロチョウ属の各種とは明らかに形状が異なり、そのため、「本当のピエリス」はオオモンシロチョウだけで、ほかの各種は「ピエリス」ではない、として、新たに「アルトゲイアArtogeia」という別属が選定されました。モンシロチョウもスジグロチョウも、呼びなれた「ピエリス」ではなく、別属の「アルトゲイア」とされてしまったのです。

そのことを提唱したのが世界的に高名な研究者(この連載の最初の回に言及したL.G.Higgins)だったため、ほかの研究者は皆その意見に従い(僕は従わなかったです、笑)、その後の図鑑などでのモンシロチョウやスジグロチョウの学名(の属名)は、全て「アルトゲイア」に書き換えられてしまったのです。

ただし、この処置には、2つの意味で問題点がありました。

ひとつは、「古くから一般市民にも普及している学名は、理由がどうあろうが変えるべきではない」という、命名規約上の特別処置があること。   もう一つは、それ以前の問題。ほかの「ピエリス(すなわちアルトゲイア)」各種とオオモンシロチョウの間に(mail genitaliaの形状を含めて)基本的な部分での差異はない、ということです。確かにオオモンシロチョウのゲニは特異な形をしているけれど、それはよく目立つ部分(「ハルぺ」という名の♀の腹部を挟む場所)の、かつ変化しやすい部位(背方の末端部分)の変異で、系統関係に反映するような本質的な差異ではないのです。

実は、後に「アルトゲイア」への変更を提案したHiggins本人が、その提案自体を取り消してしまったこともあって、いつしか「アルトゲイア」は使用されなくなり、今はモンシロチョウもスジグロチョウも元の「ピエリス」に戻っています。

世界的な視野で(在来分布集団を)見渡した場合、オオモンシロチョウは、モンシロチョウと違って地域による変異があります(東アジア産については後述します)。

アフリカ大陸のアビシニア高地(エチオピアなど)には、オオモンシロチョウに近縁の特異な独立種Pieris brassicoidesが、隔離分布しています。 

⑳ Pontia diplidace 英名:Bath White /日本名:チョウセンシロチョウ ⑳’ Pontia chloridice 英名:Smalle Bath White/日本名:ヒメチョウセンシロチョウ

チョウセンシロチョウPontia属は、モンシロチョウ属Pierisに近縁で、研究者によってはモンシロチョウ属と同一属に含めることもあります。幼虫はやはりアブラナ科植物を食べます。ゲニの基本的な形状もモンシロチョウ属と大差はありませんが、翅は一回り小さく、斑紋がモンシロチョウ属と顕著に異なります。

前回のツマキチョウの項にも書いたように、外観はツマキチョウ族のツマグロチョウ類Euchloeに酷似しています。その類似の程は、一般の人にはほとんど見分け不可能、と言えるほどの凄さです。ただし、それは標本(や写真)を見てのこと。実際に生きて飛んだり花にとまったりしている姿は、チョウセンシロチョウは確かにモンシロチョウ的で、ツマグロチョウは確かにツマキチョウ的なのです。

ユーラシア大陸には、Pontia diplidaceチョウセンシロチョウ とPontia chloridiceヒメチョウセンシロチョウの2種が広い範囲に分布し、ともに東アジア(中国大陸)まで達するとされていますが、僕がチェックしえたのは前者(中国の研究者は、中国大陸産をPontia chloridiceとは別の種としています)だけです。朝鮮半島を含めた大陸側に広く普遍的に分布するのに、日本には分布していない(あるいは対馬や八重山諸島などごく限られた地だけに分布する)生物は、結構数多くありますが、本種もその代表的な例のひとつと言えると思います。

ギリシャには、Pontia diplidaceは確実に分布していますが、Pontia chloridiceのほう(後翅裏面の白斑が横長の楔状で翅表の斑紋の印象はどこかモンキチョウ属Coliasを思わせる)は、微妙です。僕が参考にした図鑑の分布図では、ヨーロッパでの分布地域として、ギリシャとトルコのバルカン半島側の国境線上辺り、および、アルバニアやユーゴとの国境線上付近にドットがあるだけで、本文を含めて「ギリシャに分布する」という明確な表記は有りません。インターネット上の「ギリシャの蝶」のリストには含まれている(ただし分布に関する具体的な記述はない)ので、一応ギリシャの蝶として名前だけは紹介しておきます。

↓ギリシャに分布するモンシロチョウ類 オオモンシロチョウPieris brassicae ♂翅表の黒班は季節や個体ごとに出現程度が異なるようです(2019.8.16 ギリシャ) [左から]⑭モンシロチョウ Pieris rapae(モロッコAtlas山脈, 2013.4, by Matt Rowlings)/⑮ミナミモンシロチョウ Pieris mannii(イタリアSüdtirol, Bozen, St. Magdalena, 10. April 2016, by Markus Dumke)/⑯イワバモンシロチョウ Pieris ergane(ハンガリーCsákvár, 2006. 06. 18, by Dr. Gergely Péter)/⑰エゾスジグロチョウPieris napi(イギリスWytham Woods, Oxfordshire, 2014.4.15, by Dr. Gergely Péter)/⑱クレぺリモンシロチョウPieris krueperi(ブルガリアKresna Gorge, 2017.8.7, by Charles J Sharp )/⑲オオモンシロチョウPieris brassicae(撮影地未詳:たぶんイギリス,2013.8.6, by Malvern Cradley)/⑳チョウセンシロチョウ(ギリシャMacedinia, 2017.8.3, by Charles J Sharp)

http://www.eurobutterflies.com/sp/rapae.phphttp://www.lepiforum.de/lepiwiki.pl?Pieris_Manniihttp://jasius.hu/lepidopterology/pieerg.htmlhttps://en.wikipedia.org/wiki/Green-veined_whitehttps://en.wikipedia.org/wiki/Pieris_krueperihttps://en.wikipedia.org/wiki/Pieris_brassicaehttps://en.wikipedia.org/wiki/Pontia_edusa

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【東アジアのモンシロチョウ類(日本ではA=モンシロチョウとC=スジグロチョウが主体】

A:モンシロチョウ Pieris rapae

日本には江戸時代に帰化侵入したと考えられていますが、それ以前の地質時代から分布していた可能性が絶対ないとは言い切れません。北米大陸への帰化侵入も1860年代とされますが、やはり断言はできないでしょう(僕が出会った個体は日本産とは随分が違っていた、もっとも、外観は100年程度で変わるのかも知れません)。

たぶん種の発祥は、「地球の屋根」の西側一帯から地中海南東岸にかけての地域でしょうが、東側一帯(中国西南部奥地など)で個別に発祥した可能性も充分あると思われます。例えば、雲南省中部(昆明市北郊外)の恐竜化石発掘で有名な禄車県では、極めて小型の個体が、しばしば出現します。また、雲南省西北部の香格里拉市では、♂の翅先の黒色部が著しく淡い個体を多数観察しています。単なる「傾向」かも知れないですが、非常に気になる現象ともいえます。

B:タイワンモンシロチョウ Pieris canidia

中国大陸(やその周辺の台湾や朝鮮半島に)広く分布するのに、日本には分布していない、という幾つかの生物があります。そのひとつが、日本では対馬にのみ分布する(近年になって八重山諸島にも帰化侵入)のタイワンモンシロチョウです。

他によく似た分布様式を示す種として、例えばベンガルヤマネコは日本では対馬(ツシマヤマネコ)と八重山諸島の西表島(イリオモテヤマネコ)だけに、ウスバキマダラセセリは八重山諸島に(一応固有種アサヒナキマダラセセリとされていますが、本質的にはウスバキマダラセセリそのもの、今のところ対馬からは発見されていないけれど、対岸の朝鮮半島には広く分布しています)などが挙げられます。

これらの生物は、必ずしも「南方系」の種という訳ではありません。タイワンモンシロチョウについて言っても、モンシロチョウ属全体の中では最も東南部寄りに分布しますが、雲南北部や四川西部ではチベット高原の一角の標高4000m近い高地でも見ることが出来ますし、緯度的にも北日本に相当する地域にも分布しています。

香港などの暖地の海岸近くの棲息地と、チベット高原の棲息地では、相当な環境差があるのにも関わらず、外観的な差がほとんど無いことも不思議です。同じく広い地域に亘って分布するエゾスジグロチョウが、地域や環境ごとに多様な形質を示している(複数の種に分割する見解もある)ことと対照的です。

対馬ではアブラナ科蔬菜をモンシロチョウが食べ、在来野生種をタイワンモンシロチョウが食べるという図式ですが、例えば重慶では、市街地のキャベツ畑における本種とモンシロチョウの比率をチェックしたところ、大半がタイワンモンシロチョウだったりします。

C:エゾスジグロチョウ(スジグロチョウを含む近縁種群)Pieris napi species group

この種(種群)の分類は、滅茶苦茶複雑です。中國産に関して言えば、明らかに2系統以上が存在するはずです。それぞれの集団ごとに(日本やヨーロッパや北米産の)別の集団と繋がっている可能性もあります。しかし、ここでは詳しい検索はしません(やりだしたら大変な作業になりそうなので)。

日本産のこの種群は、ほぼ日本固有種のスジグロチョウと、ユーラシア大陸に広く分布するエゾスジグロチョウからなります。近年になって、後者も異なる2種に分割されています。一方はやはり日本固有のヤマトスジグロチョウ、もう一方が従来からのエゾスジグロチョウ。やはりここでは詳しい検索は行わず、ともに「エゾスジグロチョウ」Pieris napiとして話を進めていきます。

スジグロチョウとエゾスジグロチョウ、およびモンシロチョウは、日本における成立年代が異なります。ちなみに僕は「渡ってきた」「どこから来たか」といったような表現はしません。別に僕は“国粋主義者”という訳ではないですが(笑)。

最終氷期以降に日本に住み着いた集団の場合は、「渡ってきた」という可能性はあるでしょう。しかし、在来分布種(特に固有的分類群)の多くは、遥か以前から「日本」に棲んでいたと思います。長い年月をかけての地殻の移動で、分布が分断され、それぞれ別の集団へと分かれて行った。

最終氷期以降の例にしろ、「渡ってきた」という表現は適切ではないかも知れません。もともとは日本列島に棲んでいた集団が、大陸に「出て行った」という可能性も、無くはないでしょう。「行き来した」というのが、適切な表現のように思います。

更にまた、「行き来した」という(地質年代上は最近になされたと言ってよい)現象と併せ、地質年代的により古い時代から存在していた集団が複雑に入り組んで、現在の「姿」に至っている、と考察することも出来るでしょう。

それはともかくとして、大雑把に言えば、日本列島に於いて、最も古い時代に成立していたのがスジグロチョウ、次いでエゾスジグロチョウ、最も新しい時代に於ける分布がモンシロチョウ、と考えて良いと思います。

原則として、最も明るい開けた環境に棲むのがモンシロチョウ、最も閉ざされた暗所に棲むのがスジグロチョウと言えますが、スジグロチョウは、東京などでは都心にも棲息しています。これは、都心の環境が、田舎の田畑周辺よりも、案外山間部や森林地帯に相似することによる、「出戻り帰化」現象(繁栄する遺存種)と考えることも出来ます。

ちなみに、♂発香鱗(♀に向けての発香機能を司る特殊鱗粉)の持つ薫りは、スジグロチョウで最も強く、 モンシロチョウで最も弱いことも、原始性の保持、といったようなことに関係するのかも知れません。

中国や大陸アジアでは、必ずしも北方や高地にだけ分布するのではなく、雲南南部やベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーなどの温暖な地域にも分布しています(ただし台湾には分布しない)。

*和名について:30~40年ほど前頃から、それまでは「スジグロチョウ」と呼び習わせらてていた蝶が「スジグロ“シロ”チョウ」と呼ばれるようになりました。僕は思うところがあり(それについては改めて書きます)昔のままの「スジグロチョウ」の名で呼んでいます。

D:オオミヤマスジグロチョウ(ほか高山性各種)Pieris dubernardi, Pieris davidii etc.

中国西南部を中心とした、「地球の屋根」東南縁の高標高地帯には、翅脈に沿った黒色部や、裏面の黄色鱗が鮮明に表れる、複数の高山性の種が分布しています。これらの種は互いに外観が良く似ているので、便宜上「ミヤマスジグロチョウ類」と呼んでおきますが、系統的にはエゾスジグロチョウにごく近縁な位置づけにあったり、独自の分類群上の位置づけにあったり、様々な異質の種からなっています。その中の一つ、オオミヤマスジグロチョウPieris dubernardiを紹介しておきます。

なお、「地球の屋根」の西縁部高地帯(中国西北部~中央アジア東部)にも、よく似た幾つかの種が分布していますが、互いの関係性については未詳です。

E:オオスジグロチョウ Pieris extensa

「ミヤマスジグロチョウ類」同様に中国西南部の山岳地帯に分布しますが、乾燥した高原地帯に棲む「ミヤマスジグロチョウ類」各種とは対照的に、深い森林に覆われた湿潤な渓谷地帯に分布しています。その分布域は、ジャイアントパンダの野生地とほぼ重なる、四川省成都市西郊山地から陝西省西安市南郊山地(秦嶺)にかけてです。

棲息環境の類似と、その外観(コンパクトな翅型で全体に毛深いイメージの「ミヤマスジグロチョウ類」とは対照的に、幅広く滑らかな翅のイメージ)がやや似通っていることから、以前は日本のスジグロチョウの対応種ではないか、と考えられていましたが、翅脈相や♂交尾器の形状から判断するに、他のPieris各種とはかなり離れた系統上に位置づけされるものと思われます。

F:オオモンシロチョウ Pieris brassicae

モンシロチョウが日本全土に分布するのに、ヨーロッパを起点に世界各地に広がっているとされるオオモンシロチョウが日本に広がらなかった(近年北海道にだけ侵入帰化)のは、理由があります。

おそらく、出発点が違うと思うのです。ヨーロッパからやってきたのではなく、中国(や周辺地域)起点なのではないでしょうか? 中国産は、僕の調べた限りでは、♂交尾器の細部の形状にも、明らかな差があります。ヒマラヤ東部以東の集団は、ヨーロッパなどの集団とは、かなり古い時代に(祖先集団は共通するとしても)別個に存在していたのではないかと思われます。

中国でも珍しい蝶ではありませんが、必ずしもどこにもいるという訳ではなく、例えば四川省成都市の中心(銀座4丁目のような位置付け)の交通飯店の裏庭では、モンシロチョウ、エゾスジグロチョウ、タイワンモンシロチョウの三種が入り混じって飛び交っているのに対し、オオモンシロチョウの姿は見られません。

同じ四川省の成都西郊の山間部、宝興の街中や、雲南省西北部の、チベットやミャンマーに近い梅里雪山の明永大氷河の末端部では、モンシロチョウ、エゾスジグロチョウ、タイワンモンシロチョウとともに、オオモンシロチョウも確認しています。

G:カルミモンシロチョウ Talbotia naganum

一見、モンシロチョウに酷似しますが、通常、モンシロチョウ属とは別属の、一属一種のカルミモンシロチョウ属に分類されます。♂交尾器の形状や生態などがほかの種と顕著に異なり、食草はここで紹介した全ての種がアブラナ科であるのと違ってニガキ科の種です。 

台湾~中国南部~インドシナ半島北部~ヒマラヤ東部に分布。“謎のチョウ”としても知られています。僕の観察地の、中国雲南省との国境に接したベトナム最高峰の中腹渓谷では、大集団となって渓流のほとりで吸水を行いますが、いくつかの「法則」めいたことがあります。吸水に訪れるのは若い新鮮な♂だけ。時間が決まっている(夕刻のことが多い、大集団が現れるとき以外の時間帯には通常一頭も姿を見ない)、日によって、大集団が現れる日と、全く現れない日がある。年によって、発生が見られる年と見られない年がある、等々。

Hチョウセンシロチョウ Pontia diplidace

研究者によってはモンシロチョウ属Pierisに含みますが、通常はチョウセンシロチョウ属Pontiaとします。 生態はモンシロチョウ属各種と類似し、ともに菜の花などで吸蜜している姿もよく見かけます。

チョウセンシロチョウは、ヨーロッパから東アジアまで広く分布します(日本には分布しない)が、研究者によっては、中国産をチョウセンシロチョウPontia diplidaceとは別の種Pontia raphidicaとすることもあります。